ワンポイント講座 No.2

ボーアの量子条件

 ボーアの量子条件というのは,直感的にはわかりにくいものです。これは,運動の法則や電磁気学の法則と違って,原子・分子の大きさ,つまり非常に小さな世界になって初めて意味が出てくる条件だからです。教科書も色々な書き方があって,どれが良いかと言われると困るのですが,一つの仮説を認めるのが最もわかりやすいと思います。その仮説とは,ド・ブロイ (Louis de Broglie) が提案した「物質は波の性質を持つ」というものです。

 ド・ブロイは運動している物体は次式で表される波長λの波の性質を持つという仮説を立てました。


 ここで,p は粒子の運動量,h はプランク定数(6.63×10-34Js)です。物体の質量を m,運動速度を v とすれば,p=mv なので,次式が得られます。


この波長を「ド・ブロイ波長」と言います。

 この仮説を認めれば,ボーアの量子条件は次のように説明できます。

 ボーア (Niels Bohr) は電子が円軌道を描いていると考えました。半径 r の円軌道の円周の長さは 2πr です。もし,電子が波であるなら,円周の長さは波の波長の整数倍でなければなりません。なぜなら「波」が存在するには周期性を保たなければならないからです。電子が円軌道で周期性を保つためには一周して戻ってきた時に元に戻らなければなりません。下図(a)のように一周して元に戻るには円周の長さが波長の整数倍(1倍,2倍,3倍,...)でなければなりません(図は6倍)。図の(b)のように整数倍でない場合には元に戻れないので周期性が保てません。これは,(b)のような波が存在し得ないことを意味します。


 そこで,次の条件が成り立つ場合のみ波が存在します。

  (
 これにド・ブロイ波長の公式を代入すれば,
  (
となります。これすなわち,ボーアの量子条件,
  (
になるわけです。

 ちなみに,ボーアが量子条件を提案したのは1912年であり,ド・ブロイが物質波仮説を提案したのは1923年なので,この説明では歴史的な流れは無視しています。ボーア自身の提案は「角運動量は量子化する」というものでした。角運動量は円運動の場合,mrv なので,上式を2πで割ったものがボーアの提案したオリジナルの量子条件になります。
 ボーアが提案した角運動量に対する量子条件を考え直し,角運動量ではなく,運動量の積分値 がプランク定数 h の整数倍になると提案したのがゾンマーフェルト (Arnold Sommerfeld)です。すなわち,ゾンマーフェルトの量子条件は以下のようになります。

  (

 この式が教科書p.12の(2.1)式になります。この式は円軌道でなくても使えるので,ボーアの量子条件を拡張したものであると考えられます。しかし,この式の意味を理解して計算に使うには解析力学の知識が必要なので,講義ではボーアの量子条件からスタートしました。ボーアの量子条件は,力学や電磁気学の枠組みにはない新しく導入された条件なので,いきなり出てくることに抵抗を感じる人もいると思って,本講座を書きました。これでも納得できなければ,量子力学を勉強をしてもらえればと思います。

 ド・ブロイの物質波の仮説は,その後シュレーディンガー (Erwin Schrödinger) の波動方程式に発展し,より精密化されて「量子力学」という基礎物理学になりました。量子力学は金属や半導体のような物質の性質を説明するのに不可欠で,電気電子工学にとっても重要な分野です。

 ボーアの提案が1912年で,ゾンマーフェルトの提案は1915年頃なのですから,それほど後ではないのですが,ド・ブロイの提案1923年までは少し間があります。ド・ブロイはゾンマーフェルトの量子条件が物質中を光が伝播する時の解析方法「幾何光学」と良く似ていることに着目して,物質も波だと考えるのがいいんじゃないのか,という風に思いついたそうです。この量子力学発展の一連の流れは,20世紀初頭の物理学の歴史のダイナミックさを物語るものです。物理の内容は別にして歴史を読むだけでも結構面白いですよ。

 もちろん,電気電子工学科の学生としては中身もわかってもらわないと困るけどね!

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